美しい人生の歩き方

 

 

前に進もう進もうと足を運ぶより、

後ろを蹴り出すようにする。

その方がきれいに歩ける。

 

美しい歩き方や、

美脚になるための方法でたまに見るこの情報。

めっちゃ"人生"じゃんって気づいた。

 

 

 

映画『おくびょう鳥が歌うほうへ』、

雨の日に一人で甘いドーナツを食べるみたいな、

しんみりと、でも確実にガツンとくる良い映画だった。

 

 

誰だって、シャワー中や寝る前にワーッ!って、

叫びたくなるような、

どうしようもない過去があるよね。

アル中の主人公のアレコレが、

痛いほどわかって胸がしくしくした。

 

私が原作でない限り、

私みたいな人が他にもいるんだっていう、

映画の主要効果に励まされながらも、

「あの時の自分痛かったナ…」と思い出し、

映画中もワーッって小さく叫びたくなった。

 

 

アザラシの可愛さにも、胸がしくしくした。

そうだよね。

あの生き物たち、

水面から顔だけ出てたら人間に似てるよね。

 

 

 

前に進もうと決めたら、

がむしゃらに先を目指すより、

過去のアレコレと向き合ってケリをつける。

そのほうがよっぽど前に進める。

みたいな。

そんな映画。(個人的解釈)

 

 

 

戦場のメリークリスマス

 

大人になってから観て良かった。

こんなん人間とか、時代があるていど成熟してたり、寛容じゃないと、受け取ることのできるメッセージの量が全然違う。公開当初の世の中のリアクションはどうやったんやろう。

きっと高校生の時とかに背伸びして観たとしても、「戦争はやっぱ悲しいなぁ」くらいの気持ちにしかならへんかったんちゃうかなぁ。

 

戦争中の"国籍を超えた友情"とかいうありきたりやけどやっぱりグッとくる関係はもちろん、他人に対する好意とか、そこまでには至らない気持ちとか、そもそも「この気持ちはなんなのか?」みたいな感情とか、興味とか。坂本龍一演じるヨノイ大尉のモヤ付きが痛いほど伝わってきた。

決して演技が上手いとは言えないけど、もうそれも込みで愛おしく思える何か。

 

言語化したり、カテゴライズすると、つまらなくなってしまう感情とか事象ってあるよなぁ。

 

 

4Kリマスター版で映画館で見たけど、やっぱあの音楽を広い空間で聴くのは非常に心にきた。

悲しくて、でも目を離せなくて、決して忘れたくない出来事が、森の中で起こっている。世界の片隅で、命を燃やして人生の鐘を鳴らす人がいる。そんな音楽。

 

 

デヴィッド・ボウイじゃなくて、お前がミスターローレンスなんかい!って思わずトムにつっこんでしまったけど。トム演じるローレンスの「違う。あなたは間違っている。われわれはみんな間違っている」というセリフも印象的。冒頭にしてクライマックスみたいな言葉。すごすぎ。

 

戦争がもたらす熱狂ってなんなんでしょうか。もしかしたら、オリンピックがもたらす熱狂と実はそんなに違わなかったりしそうで怖いです。

 

 

 

 

坂本龍一に話しかける人たち

 

映画『Ryuichi Sakamoto : Diaries』、観た。

展示行けなかったけど、展示より断然良かったんちゃうんかと思う。

 

人生で坂本龍一を通ったこと、一回もないけど。

皆無ではないけど。映画とかの音楽で触れたことあるし。

でも、わざわざ坂本龍一を検索して聴くような人間ではなかった。

 

 

なのに、始まって3分くらいで涙が出た。

泣く資格なんかないのに。

 

こんな素敵な人が、天才が、才能が、この地球から無くなったんや。減ったんや。

そう思うと涙が出た。

私というより世界規模で悲しいと思った。

地球として、一惑星として、寂しいと思った。坂本龍一なしで回る地球、さみしい。

 

 

 

宇宙から見た、夜の地球の面。

人工の光で光ってる、あのよく見る映像。

 

あれがもし、商業とか工業とか、そういうんじゃなくて。

一人ひとりの輝きだとしたら。

坂本龍一が消えた地球はちょっと、わかりやすく、一部分が暗くなった。

そんなイメージ。

 

 

 

なぜか一番印象に残ったシーン。

 

アフリカの地で、音のない雲の音を、音楽にしてみたいと感じた坂本龍一

アフリカのワイルドさ。雲の儚さ。坂本龍一の繊細さ。

素敵すぎる。なにそれ。

 

あとずっと姿勢いいんよな。かっこいい。

 

 

 

帰り道、この余韻を台無しにしたくなくて。

耳に雑音とか、坂本龍一以外の声入れたくなくて。

Amazon music坂本龍一のプレイリストを聴きながら帰った。

(そう。私は数少ないAmazon musicユーザ)

大好きなK-POPにすら、今、私の耳に流れてくれるなと思った。

 

 

心の中で話しかけた。

「教授(坂本さんの愛称)。

私、あなたの音楽と映像のおかげで、確実に人生の透明度あがりました」

って。

 

豊かとか、素敵とか、そういう言葉じゃないんよな。

「あぁ、ええな」と思いながら精神的に浄化された感じ。

人生がちょっときれいになった感じ。透明度。

 

 

川上未映子のエッセイの引用。

「生きるということは透明からどんどん遠ざかっていることのように感じる」

の、まさにそんな感じ。

 

 

 

死んでも話しかけられるってすごいよな。しかも赤の他人に。

普通、その最小単位というか、一番ありえるかたちが家族なわけで。

 

世界中の人がきっと今も、この先も、坂本龍一の作品に対して

「ありがとう」とか「Beautiful」って、心の中で言う。

それってほんまにすごいこと。

 

 

 

私のおじいちゃんに顔がちょっと似てるのも、

かっこよくて、うれしくて、切なくて、ちょっとやめてくれと思った。

 

 

私のおじいちゃんも癌やから。

そう遠くない未来に居なくなるから。

 

そういうこと。

 

 

もしかしたら人間は長生きすればするほど、

あちら側に話しかける人が増えるんじゃないか。

つまり、死んだ人の方が、心の話し相手として多くなるんじゃないか。

 

それは別に、寂しいことではないのではないか。